ケインズ経済学批判2

1997  福永

 既に見たようにケインズは、個々の企業は売上高に対する利益を最大(正確には極大、即ち dπ/dP=0 )とするように行動するであろう事を前提に、需要と供給の関係からある種の経済関係の式を導いた。そのうちの幾つかは日本の企業にとっては正しくないことがわかってきた。全体として日本の企業の利益の実体はどのようになっているのであろうか? 上場企業のうちの製造業についての営業利益率の分布を調べたのが次の図である。
 横軸は対数目盛でとった資本金または総資産であり、縦軸は企業の営業利益率である。それぞれの範囲に含まれる企業の数は色で区別して表示した。図からわかるように、営業利益率は企業によるばらつきがあるとはいえ資本金若しくは総資産に対してほぼ一定と見ることができる。即ち、
 π=αG・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
 πは営業利益、G は資本、αは比例係数である。個々の企業が生産を行うために原材料を仕入れたり、労働者を雇ったりする費用は企業の資本によってであるから、原材料費等(U)と年間総賃金(W)と資本(G)の間には比例関係があると見るべきであろう。即ち、
 U+W=βG・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
 βは比例係数である。πは G に依存することから、πは P に対して常数とはならないと考えるべきである。従って前回示した(5)式は正しくは次のように書くべきであろう。
 P=ρπ+υV+ξU+ηW・・・・・・・・・・・・・(3)
 ただし ρ=(dπ/π)/(dP/P) 、υ=(dV/V)/(dP/P)である。ρ≠0 の条件からは利益率に関する前回の (3-1) および (3-2) は次のように変更される。
 d(π/P)/dP=(ρ-1)π/(P*P)・・・・・・・・・(4-1)

 d(π/W)/dW=(ρ/η-1)π/(W*W)・・・・・・・(4-2)

 さらに(1)および(2)の前提からは、簡単な計算の後、ρとυについての関係式が求まるが、図U-2に示すように、固定資産と総資産及び固定資産と売上高の間には強い相関がある。減価償却費が固定資産に比例しているとすれば、υは図で示される固定資産対売上高分布の勾配の逆数=1/0.869 >1となる。従って、
 ρ≒1+(1-υ)*(V/P)<1・・・・・・・・・・・・(5)
 この結果(4ー1)式の右辺は負となり、売上高に対する利益率は減少するが、(4−2)の右辺はプラスで総賃金に対する利益率は増加する傾向にある。
 さて、ケインズ理論の特徴はマクロ経済についての考察であるが、彼は資金需給に関してはそれまでの考えとは違って次のように考えた。社会全体についての総所得(Y)は次のように計算される。
 Y=Σ(P-U)=ΣV+Σπ+ΣW=S+C・・・・・・・・・(6)
 ただし、企業の利益の総体は再投資(A)と資本家の個人消費(B)に分けられ(Σπ=A+B)、労働者の総賃金(ΣW)は貯蓄(E)と個人消費(F)に分けられる(ΣW=E+F)。社会全体での個人消費の総量(C)は資本家の個人消費(B)と労働者の総消費量(F)の和である(C=B+F)。 社会全体の非消費額は ΣV+A+E である。社会全体の総所得(Y)は総消費(C)と総貯蓄(S)の和に等しい。年間総投資額は Σ[G-G0]=J であり、G0 は当初に存在していた資本である。結果として総貯蓄額(S)は総投資(J)に等しい。即ち、
 S=δ*Y=Σ[G-G0]=J・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)
 ケインズは所得の伸びに対する消費の伸びの割合(ΔC/ΔY=γ) を限界消費性向と名づけたが、労働者も資本家も貯蓄と消費の割合を同じだとすれば(E/(E+F)=A/(A+B)=δ)、δ=(1-γ)が得られる。これから、
 ΔY=κ*ΔJ、 κ=1/(1-γ)=1/δ・・・・・・・・・(8)
 ΔJ は原価償却費を上回る投資であり、κはケインズ乗数と呼ばれている投資の所得に対する効果を現す係数であるという。ケインズは景気の拡大のためには J を前年度より増やすこと、即ち政策的な投資の拡大が図られることが必要であるとする。
 特別な場合として、δ=0 の場合、(8)式から ΔJ/ΔY=1/κ=δ=0 となるから、労働者と資本家の個人所得の総計が全て消費されてしまった場合に相当するが、そのような場合には ΔJ=0 となる。しかし、このことは J=0 を意味しない。J=ΣV=一定、であるから生産は前年度と同様に続く事になるが、この場合の社会全体の貯蓄(S)は形式的にはその時点での減価償却(ΣV)である。
 ケインズの理論では国民全体の総所得が全て消費されてしまったにもかかわらず、社会全体では貯蓄が行われていると言った矛盾が発生する。これは、ΣV は固定的減価償却費の総計であり、それは生産に無関係に時間の経過とともに減少した資産であるとされているからである。従って一定期間の後には社会から消えてしまっているのであるから、そのような量に対応する貯蓄も存在しないのだと説明する事になる。社会的総生産は正しくは、 Y-ΣV=Σ(P-U-V) 、と書くべきである。Σ(P-U)=Y は粗付加価値であり、Σ(P-U-V)=Υ は純付加価値である。このようにすれば、Σ(P-U-V)=Υ=Σ(π+W)=J+C となって、これまでの議論は用語の意味を含めて( V は固定的減価償却費ではなく、通常の減価償却費であること)も矛盾のない様に完結する。
 (8)式を見て、ΔΥ はΔJ 即ち、資本増加量の関数であると思いこむのは早計である。産業構造に変化がなければ、総所得の伸び(ΔΥ)は次に見るように労働者の総賃金の伸びに比例してしか変化することはない。
 ΔΥ=[1+(ρπ)/(ηW)]*ΔΣW・・・・・・(9)
 従って、(8)式は更に詳しく検討してみる必要がある。
続く